キロクのブログ

変わりゆく風景やものを単なる私的思い入れで記録中。意外とのんびりしてられない。

旧・軍人会館:九段会館

九段会館(旧・軍人会館)1934年(昭和9年)3月竣工。
どんな建築にも歴史や物語があると思うけど、ここも昭和史の舞台となった建築の1つ。

二・二六事件(1936年・昭和11年2月26日) 」の司令部があったところ。二・二六事件とは、若き陸軍の青年将校たちがたった数時間で東京の中枢エリアを占拠し、首相官邸や大臣宅など政府要人達を次々に襲撃した近代の日本最大のクーデター未遂事件。

その頃の日本は大恐慌や凶作によって農村はひどく窮乏していた。娘を売るなど、暗く過酷な時代背景や軍部内の複雑な事情が絡んでいた。青年将校達は、天皇や国民のことを思い、むしろ純粋な気持ちで決起したのだろうけれど、天皇の激しい怒りを買い、反乱と見なされ、20,000人ほどの軍によって鎮圧され、わずか4日間で幕を閉じる。
これ以降、同じ陸軍内の別派閥である統制派がさらに力をつけていく。他にも色んな事件や背景があったにせよ、陸軍が政治に介入し、「軍部に物が言えない」状態になっていき、徐々に日本は戦争に突入していったという。

暗い話ばかりではない。清朝最後の皇帝の弟、愛新覚羅溥傑と嵯峨浩の婚礼(1937年)が行われたりもしている。

終戦後の1945年(昭和20年)には、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ)により接収。1957年(昭和32年)1月まで連合軍の宿舎として使用されていた。

 


最近建てられた新しいビルって表から見ると格好良いけど、裏にまわると案外普通だったりする(笑)。

予算の問題とかいろいろ事情はあるのだろうとお察しするが、どの角度から見ても美しいこの時代の建築の美しさは、ただの時代遅れなのだろうかと寂しく思うこともある。ここのところ、何かに挑むようにビルは上へ上へと高く造られているけれど、そっちの方向に進み続けていいのかなと気になるときがある。

1953年(昭和28年)8月には国有化。
名称が現在の「九段会館」となる。「財団法人日本遺族会に対する国有財産の無償貸付に関する法律」により、本来は国の財産だけれども、遺族会に無償貸与していた。

痛ましい東日本大震災の天井崩落事故以来は営業しておらず、土地・建物共々日本国政府に返還、放置されたまま。取り壊しが決定されたものの、一部だけでも残すなど、保存の動きもあるらしい。

 九段に来るとこの建物が目に入るのが当たり前だったし、今後、こういう建物は造られることがないと思うと寂しいけれど、老朽化も激しいのではどうしようもない。こればかりは仕方ない。

何年後かに「この建物、あったね」と懐かしい気持ちになるんだろうな。