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キロクのブログ

変わりゆく風景やものを単なる私的思い入れで記録中。意外とのんびりしてられない。

日比谷公会堂と、アーカイブカフェ【閉店】

日比谷公会堂は1929年(昭和4年)に竣工。
日比谷公園にあること自体、既に激動の歴史のニオイ。東京の空襲で唯一焼け残ったと言われている音楽ホールと市政会館。

ここから歩いて10分もかからない場所は一面焼け野原になってしまったのですが・・・。奇跡的に残ったという説と、接収するときのことを考えて爆撃をしたため、残ったのではなく残したという説と。

戦後6年が経った1951(昭和26)年。クラッシック音楽好きなら誰もが知る巨匠・メニューイン(ヴァイオリニスト)がやってきたそうです。吉田茂首相がサンフランシスコ講和条約に調印、日本がようやっと占領下を脱したという時代でもあり、そんなタイミングで14年ぶりに海外から著名な演奏家がやってくるとあって、話題とか評判というより、社会的事件みたいな扱いで、漫画・サザエさんでもネタになったとか。

当時を知る人達から話を伺うと、戦争が終わって、まだ焼け跡もたくさんあったし、いつも腹減ってた、そんな時代けど、「復興して、東京はこれから文化で発展していくんだ」という希望が湧いた事件でもあったという。「だっていろんなことに飢えてたもん(笑)」とのこと。

 

市政会館の出入り口を内側から。


1960年には、自民党、社会党、民社党の党首立会演説会にも使われ、社会党党首・浅沼稲次郎が檀上で少年に暗殺された事件(浅沼稲二郎暗殺事件)もありました。

 

さすがに築80年超えると建物は老朽化、2016年に大幅な改修工事が始まり、再オープンには4年以上先。なるべくこの意匠や、重厚な風合いを残してほしいものです。

 日比谷公会堂は現在、改築工事中ですが、その前には1階にアーカイブ・カフェがありました。日比谷公会堂の歴史がわかる、ちょっとした資料館みたいなカフェです。

【追記】平成28年3月15日をもって、アーカイブ・カフェは閉店しました。

思い出として記事も画像も残しておきます。

 

店員の若い男性が、音楽や戦後の頃の日本のことをよく勉強している感じで、とても詳しかったです。蓄音機で、古~いレコードをかけてくれたりもしました。

石川県金沢市に蓄音機博物館があって、そこで生の蓄音機の音を初めて聞きました。また聞きたいと思っても買えるようなものではないし、諦めていたんだけど、灯台元暗し、まさか東京で聞けるとは。

CDで聴くと、微妙に音が高くなっちゃう気がするのと、中高音域ばかりが目立って、低音域に物足りなさが・・・。チャカチャカして落ち着かないときもあって、蓄音機はないけど、我が家でもレコードは大活躍中です。
今はプレーヤーもUSBで繋げるものもあるみたいです。家で眠ってるレコード復活もいいかもしれません。