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キロクのブログ

変わりゆく風景やものを単なる私的思い入れで記録中。意外とのんびりしてられない。

[台湾]日本統治時代の建築(1):阿里山の樹霊塔(嘉義縣・阿里山郷)

日本統治時代の建築のごく一部しか観ていないけれど、中でも特に印象的で、出会えてよかったものの1つ。木の霊を慰めるために建てられた「樹霊塔(シューリンター)」。

当時の日本人は、木々にも人間と同様に「魂」があると考え、大切に切り、大切に運び、大切に使わせていただくだけでなく、樹霊塔を建て祈り、木々の霊を慰めていたという。私達が知らないだけで(林業に携わる人達とか)、今の日本でも行ってるのかもしれないけれど。

 ヒノキは建築資材として重宝されているが、日本では江戸時代から伐採が進み、既に希少なものとなっていった。台湾を統治していた日本が阿里山のヒノキに出会い、鉄道を敷き、営林事業を行い、台湾は日本にとって木材の一大供給地に。

阿里山のヒノキは、橿原神宮の神門や外拝殿、東大寺大仏殿、靖国神社の神門など数々の神社仏閣の建材に用いられ、明治神宮の鳥居にも、かつては阿里山の紅檜が用いられていたとか。

この塔の説明書きには、こう書かれていた。

1935年、日本人が阿里山を開発し大量の樹木を伐採した際に、生き物には皆、魂があるとの考えから、この塔を建立し、樹木の霊を慰めた。一つ一つの輪が年輪を表している(一つの輪が500年)。脇に刻まれている跡は、伐採の際の鋸の跡。 

森林には2種類あって、1つは人が手を入れてはいけない森林、もう1つは人が手を入れることによって育つ森林があると聞いたことがある。高さのある木を切ったり、枝を落とすこと(枝打ち)によって、森に光や風が入り、小さな木や草が育ち、豊かになる。ここでも、ただ木材として伐採してきたわけではなく、そうしたことをちゃんと調査した上で計画的に伐採してきたからこそ、今もこうして美しい森林として残っているという。

国民党時代の教育を受けた漢人にはこうした発想は見られないと、台湾原住民の方は嘆く。この嘆きについては、また別途記事にするとして、今の日本人はどうでしょうか。
時代は変わり、とても豊かになりましたが、物を大切にしているか、自然を敬っているかというと、見直し、問い直さなければいけないことが、多々あるような気がしますね。