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キロクのブログ

変わりゆく風景やものを単なる私的思い入れで記録中。意外とのんびりしてられない。

[台湾]921大地震の震源地:九份二山

1999年9月21日1時47分(現地時間)。マグニチュード7.6。
震源地は、台湾中部の南投縣集集(ジージー)鎮の九份二山、その威力の大きさから「爆心地」とも呼ばれているところ。

ここも以前は、緑豊かな美しい山々で、集落ではごく普通の人達の、ごく普通の暮らしがあった。

被害が大きかったのは南投縣と台中縣。山の恵みを受けた自然が豊かで美しい場所、「家は建て直せたけど、亡くなった人達も、あの山の美しさも、もう元には戻らない」と、思わずこぼれた人々のその言葉に、返す言葉が見つからなかった。

 さまざまな国や企業や団体、ボランティアからの支援を受けつつも、たくましく復興し、穏やかな日常を取り戻したかに見えるても、あらゆるところにその傷跡は残ったまま。
この地震から数年が経ち(執筆時2005年)、未だに商売に影響が出ている方もいれば、当時のつらい記憶を思い出してしまう方も。

この地震によって、標高1,000mを超える高さから谷底500mまで(計1,500m以上)、一気に山が崩れ落ち、その間たったの40秒程度だったとも言われています(2分弱だったという説もあり)。
谷底に降り積もった土砂の高さは、なんと200mを超えているそうです。どうやっても救助の手が届かないまま、今でもたくさんの家や人がこの地に眠っている。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

阪神淡路大震災の被災経験がある方々も、ここには訪れているという。ここに連れて来てくださった台湾人のLさんは、この大地震を、ここ南投で経験。ご自分の知っていることを、普通に話してくださったが、彼がこうして普通に話せるようになるまでの道程が一体どのようなものだったのかと考えずにはいられなかった。

【追記:2011年5月】
この地を訪れ、執筆したのが2005年12月です。ご案内くださったL様はじめ、台湾の皆様へ気持ちは今も変わっていません。2011年3月11日、日本でも東北を震源とする大きな地震がありました。台湾の皆様からの迅速で多大なご支援や励ましを頂きましたことを、心よりお礼申し上げます。また、大きな痛みを越えて支援してくださった皆さまの強さを、心より尊敬いたします。

 

震源地は、九份二山震災紀念公園という名称で、誰でも訪れることができるようになっている。その中に、「磁場屋」「磁力小屋」「傾斜小屋」とか言われている、どうやってもまっすぐ立てない場所が。

家は左に、すぐ外の柵は右に、道路は左に、手前の策は右に傾いている。この写真を撮った位置からだと、ガタガタに崩れちゃった場所だなあとは思うけど、特別、何の違和感も異変も感じない。ところが家に近づくほど、何か変な感じ。その柵を越えるとだんだん平衡感覚がわからなくなってきて、やけに体が重たい感じ。

 

で、まっすぐ立てない。引っ張られちゃう感じで。

台湾の人たちは

「大地震で今でも磁場が狂っている。方位磁石もくるくるまわってしまう。」
「ここは、ミステリースポットです!!」

と興奮!
子供の頃に読んだミステリー本、バミューダ・トライアングルの話とか載ってるやつ。そう言われれば、こういうタイプのスポットもあったなあ。

傾斜は大したことないのに、すごいすごい力が必要。
画像の左から右に行くのにめちゃくちゃ苦労して、やっと右側に到達できたかと思ったら、今度はドアの方に吸い寄せられてしまう、といった具合。画像の左側を向くのはいいけど、右の方に向くと、もう立っていられない。壁づたいに前進を試みても無理。
傍から見ると、この人何やってるんだろう?って感じだけど、入ってみるとわかる。入らないと絶対にわからない(笑)。

ここから出て少しの間は、頭がフラフラで眩暈がし、まっすぐ歩けなくなります。少し気持ち悪くなったり、耳鳴りがしたり、最後には頭痛までしてくる有様。人によっては、こんな風に身体がおかしくなるので、気をつけてくださいね。