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キロクのブログ

変わりゆく風景やものを単なる私的思い入れで記録中。意外とのんびりしてられない。

[マカオ]世界遺産巡り(7) 祈りと防衛~天主堂跡→ナーチャ廟→旧城壁→モンテの砦

マカオに来たら、夜に見る世界遺産や古い街並みもいいと思う!

聖ポール天主堂跡(大三巴牌坊、Ruínas de S. Paulo)。昼と夜に行ってみました。

マカオに来たら、夜に見る世界遺産や古い街並みもいいと思う!

聖ポール天主堂跡(大三巴牌坊、Ruínas de S. Paulo)。昼と夜に行ってみました。昼間もきれいだけど、夜はこんな感じ。ライトアップされていて、石畳も映えます。

 アジア初の大学「聖ポール大学」があったそうですが、火事で焼失、残ったのが前面の壁と階段だけだったそう。この天主堂の建設には、キリシタン迫害で日本を離れた日本人信徒が関わっていたらしく、ファザードには菊のような花が彫られているとか。気づかなかったなあ。

ちなみに、日陰がかなり少ないので、夜に行く方が楽。ただ、裏手地下にある天主教芸術博物館や、近隣にある他の世界遺産(ナーチャ廟やモンテの砦)に行きたい場合は、暑いけど昼間に移動して頑張るしかない(≧へ≦;;)

裏側から見るとこんな感じ(↓)。

 

右斜め上にある青白い光は月明かりです。

昼間は青々とした空がきれいだけど、まぶしい!
写真を撮るのもタイヘン。日射しの強さ、伝わるでしょうか?
これで11月中旬です。

 

空の青さも全然日本と違うでしょう?

余談ですが、このあたりの両替所でレートを見たら高かった!(拙記事参照)。

 

ナーチャ廟、旧城壁(哪吒廟、舊城牆遺址、Templo de Na Tcha, Troço das Antigas Muralhas de Defesa)

正面の廟と、左側の壁がそれぞれ世界遺産として登録されている。ここでも1度に2箇所周れてしまった。

ナーチャ廟は、1888年頃に蔓延した伝染病が鎮まるよう祈るために建てられ、ご利益は”病気回復”だそう。

 旧城壁は西の内港を除いた市街地をぐるり囲み、その後に建てられた要塞と共にマカオの防衛設備として活躍していたとか。こうして暮らしを守り、命を繋いで、今があるんだなあ。と、しみじみ。

ただ祈るしかなかったような大変な病気も、今の技術なら治せたかもしれない。けれど、技術が進み過ぎて、役割を終えて天国に向かおうとする命を引き留めてしまうようになった。
高い壁も砦も必要なくなったけれども、空からの攻撃で街を破壊し、多くの人の命を奪うことができるようになってしまった。

技術は進歩したけど、人間はどうかな?
土壁では守れなくなったし、誰かのために祈ることはどれだけあるのか。

壁を見ながら考えちゃいましたね。

 

モンテの砦(大炮台、Fortaleza do Monte)

1626年に造られた要塞。
もともと祭壇として使われていたところを、ポルトガル人が砦に改造、マカオで主要な防衛基地だったところ。オランダ軍との闘いのときに活躍したそう。ずっと砦だったわけではなく、総督の邸宅、兵舎、監獄、気象台と用途を変え、現在では澳門博物館として使用されていたそう。

17:30以降は入場不可らしいので、早めに行くことをおススメしますが、暑いし、日陰がほとんどないので、帽子+UV+水、必須です(←しつこい?)

向こう側は中国。中国に向けて大砲を向けていたような・・。

 

数百年後ってどうなってるんでしょうねぇ。
私たちが生きている今の時代は何を残すのだろう?